東京新聞連載「日本図の変遷〜赤水から伊能へ〜」 第15回 日本東半部「沿海地図」を上呈

東京新聞連載「日本図の変遷〜赤水から伊能へ〜」
第15回 日本東半部「沿海地図」を上呈(執筆:平井松午氏/徳島大名誉教授)2023年1月31日(火)掲載
1801(享和元)年4月2日〜11月7日の8ヶ月間に及ぶ伊能忠敬らによる第二次測量、第三次測量などの詳細な経路が書かれています。
1804(文化元)年8月1日には、それらの測量成果をもとに日本東半部「沿海地図」を幕府に上呈しています。(平井松午氏寄稿より抜粋)
1801年7月23日、長久保赤水が85歳の生涯を終えました。赤水没後10日目に、伊能忠敬らの第二次測量隊が赤水の地元赤浜(高萩市)を通過しました。
この時、赤水が存命で伊能忠敬と出会い、日本図製作の情報交換などを行なっていたら……その様な光景を思い描いてしまいました。