令和8年7月30日(木)13時15分から、高萩市庁舎3階にて、
【海を渡った赤水図『改正日本輿地路程全図』パネル改訂版】贈呈式が行われました。




長久保赤水顕彰会では、赤水の偉大な功績と歴史的背景をより多くの人に知ってもらうため、高萩市や市内小・中・高に【海を渡った赤水図「改正日本輿地路程全図」パネル改訂版】を贈呈。既展示品の「改正日本輿地路程全図」と一対で展示いただくこととしました。
大部勝規市長からは、「市といたしましても、この【海を渡った赤水図「改正日本輿地路程全図」パネル改訂版】を、本市の歴史や文化を広く発信するため、まちづくりや観光振興に広く活用してまいります」とのお言葉をいただきました。
佐川春久会長は、「赤水図を歴史・地理学習の教材として全国の学校教育に活用し、赤水を通じた地理教育を広めていきたい」と活動への熱い思いを伝えました。
主な出席者は、大部勝規市長、鈴木真人副市長、長谷川範雄教育長、学校長(市内小・中・高)。
<贈呈先>
・大部 勝規 市長
・長谷川 範雄 教育長
・藤田 洋(高萩中学校 校長 高萩市校長会 会長)
・田村きみ恵(高萩小学校 校長 高萩市校長会 副会長)
・寺門 秀哲(高萩高等学校 高校代表)
【江戸時代に海を渡った「赤水図」】
高萩市赤浜出身の江戸時代の地理学者・長久保赤水が、経緯線と約5,900もの地理情報を記して制作した『改正日本輿地路程全図』(通称「赤水図」)が、江戸時代の庶民に広く活用されただけでなく、外国人からも「実用的」な地図として歓迎され、ひそかに海外に持ち出されました。また、海外における「日本研究」でも高く評価されていました。
「赤水図」の多くは、幕末に長崎・出島で活動していたドイツ人医師のシーボルトが持ち帰ったもので、1995年に東京大学の馬場 章教授がドイツ・ミュンヘンにあった旧民族博物館(バイエルン州立民族学博物館)で最初の1枚を発見しました。その後の調査で、ヨーロッパなど6ヵ国に合計48枚の「赤水図」が存在し、「博物館・大学・図書館」など有名コレクションに収蔵されています。
*ミュンヘンの旧民族学博物館(正式名称Staatliches Museum für Völkerkunde)は2014年に改称され、現在は五大陸博物館(Museum Fünf Kontinente)という名称で、ドイツで最も古い歴史を持つ民族学・人類学系博物館のひとつです。シーボルトの日本コレクションを所蔵していることで知られ、それらを含め約16万点以上の貴重な世界各地の民俗・美術品などを所蔵しています。
◆今回の改訂版パネル欄内にも、シ-ボルト父子が日本から持ち出した「赤水図」が確認された場所が示されています。
◆「赤水図」は、なぜ?海外で高い評価を受けたのか?
★経緯線や方位線があり実用的で正確性があること。
★日本の研究。
★地名・街道・距離・国境などの情報量(約5,900)が豊富なこと。
★各国語に翻訳され出版。
★武士や商人、多くの江戸庶民が利用していたこと。
*画像には、高萩市FBより引用させていただいたものも含まれます。