国の重要文化財指定記念誌 磯田道史先生が推薦する絵本「りゅうのひかり」を発行しました

国際日本文化研究センター准教授 磯田道史

赤水は、この不思議な現象を淡々と記録する。そして、あえて謎解きはしていない。そのかわり、当時の文献から、国をこえて、同様な現象がないか調べ、中国の三か所に似た光があることを指摘している。不思議をみつけて、不思議のままに楽しみ、興味をもっている。不思議な現象を無理矢理、科学らしきもので説明する必要はなかろう。自然界には、人間の理解を超えた不思議がいっぱいである。赤水の時代の江戸人は、その不思議と楽しく遊んでいた。そういう心の素晴らしさを、子どもたちにつたえてくれる本である。

国の重要文化財指定記念誌  絵本『りゅうのひかり』

絵 時崎清氏、文 夏井芳徳氏、帯 磯田道史氏
編集・発行 長久保赤水顕彰会
200×250mm 2020年3月31日発行 1000円+税

絵本「りゅうのひかり」によせて     磯田道史

世の中には不思議なことがある。不思議に出くわしたときの、ふるまいは、人それぞれであって、怖がる人もいれば、驚く人もいる。考えないようにする人もいる。なかには、不思議に興味をもって調べ、記録しようとする人もいる。好奇心が強い人であって、こういう人が学問を前に進める。
長久保赤水(1717~1801年)が、そうであった。「龍燈」という現象に興味をもった。四倉の海から、光るともしびがあらわれ、空中をわたっていって、閼伽井嶽という山の麓にいたり、大杉の枝に飛びかかり、林のなかに消える。これが龍燈だという。赤水がいた土地だけではなく、全国各地に、この伝承がある。
かくいう私も、小学生のころ、この龍燈が気になって仕方がなかった。備前岡山に住んでいたのだが、町の北の笠井山に「龍燈の松」という松の木があって、不思議な光がともると、近所の丸山のおじさんに聞かされた。丸山のおじさんは布団屋さんであったが、山伏でもあった。それから毎夜、家の二階にあがって北側の窓から、笠井山をながめるのだが、あるのは電灯ばかりで、いっこうに龍燈はみえなかった。
博物学者・南方熊楠(1867~1941年)の「龍燈に就て」によれば、龍燈の伝承はインド発祥であり、中国経由で日本に入ってきたものだという。昔の人は、夜、山中に不思議に光るものをみて、龍がやっていることだ、と理解したのであろう。
赤水は、この不思議な現象を淡々と記録する。そして、あえて謎解きはしていない。そのかわり、当時の文献から、国をこえて、同様な現象がないか調べ、中国の三か所に似た光があることを指摘している。不思議をみつけて、不思議のままに楽しみ、興味をもっている。不思議な現象を無理矢理、科学らしきもので説明する必要はなかろう。自然界には、人間の理解を超えた不思議がいっぱいである。赤水の時代の江戸人は、その不思議と楽しく遊んでいた。そういう心の素晴らしさを、子どもたちにつたえてくれる本である。

ぜひ、一人でも多くの子どもたちに見ていただきたい
今から随分前の話ですが、長久保赤水顕彰会会員の時崎清さんと『赤水図』の第2版に書かれている四倉沖の「閼伽井嶽龍燈」のことが話題になりました。な、,長久保赤水(1717~1801)は、地図上に「閼伽井嶽龍燈」の記述を残したのか?とても気になり、またとても不思議でした。
長久保赤水著『東奥紀行』の上段にもその記述はありますが,日本地図の初版には書かれていません。しかし、なぜか赤水は『東北南部から近畿図』や日本地図の第2版に、この「閼伽井嶽龍燈」の記述を地図上に書き込んでいるのです。その後、40編ほど収められている『赤水文章』(写本)の中にも「遊閼伽井嶽観龍燈記」を見つけました。しばらくして、忘れかけていた頃に、時崎さんが高萩市教育委員会にお見えになり、手作りの絵本『りゅうのひかり』を描いたこと知りました。
初めて絵を見た時、時崎さんの素晴らしい感性に驚きました。すでに、絵本『海べの町へ』(おおしま国際手作り絵本コンクール2015最優秀賞受賞)や数々の8ミリ映画受賞作品などで、その才能が高く評価されていることも知っていましたが、「すごい」と驚きました。
文字は,最小限。ただ、闇夜の絵の色使い、玉から線へと続く光の動き、そして、龍へと吸い込まれるように読みました。木の枝にとりつく玉と、雫となって消えるシーンの表現は、特に素晴らしいと感じました。
このため、今回の絵本『りゅうのひかり』の出版にあたり、永年、福島県いわき市で閼伽井嶽龍燈の研究をされている夏井芳徳先生に、ご相談したところ、快く原稿を書いてくれました。夏井先生の原稿には、『東奥紀行』や『東北南部から近畿図』『赤水図』「遊閼伽井嶽観龍燈記」などの全ての原稿を網羅して、詳しく解説していただきました。赤水が、いわき湯本温泉に宿泊して、実際に閼伽井嶽で龍燈を観ていたことも今回わかりました。
今までの謎が一気に解消された気分になり、また、赤水の学問に対する真摯な態度やその記録、人間性にまで言及していただきました。夏井先生には、大変、素晴らしい原稿を書いていただきましたことに、心より深く感謝申し上げます。
さらに、現在、NHKなどのマスコミで大活躍中の磯田道史先生に帯原稿とご挨拶文を書いていただきました。これにより「龍燈の伝承はインド発祥であり、中国経由で日本に入ってきた」ことを初めて知りました。また、「赤水が文献を調べて、中国の三か所に似た光があることを指摘していること。自然界には、人間の理解を超えた不思議がいっぱいある。赤水の時代の江戸人は、その不思議と楽しく遊んでいた。そういう心の素晴らしさを、子どもたちに伝えてくれる本である。」と磯田道史先生に帯原稿で紹介していただきました。大感激です。ありがとうございました。
時崎清さんと夏井芳徳先生、磯田道史先生に、重ねて感謝申し上げるとともに、多くの方々のご協力により、今回、長久保赤水関係資料の国の重要文化財指定記念誌として絵本『りゅうのひかり』を発行することができました。重ねてお礼申し上げます。
最後になりますが、長久保赤水関係資料693点が、3月19日に、国の文化審議会から文部科学大臣へ「国の重要文化財指定が適当である」との答申があった事もあわせて報告します。
ぜひ、一人でも多くの子どもたちにも、この絵本『りゅうのひかり』を見ていただければ、幸いです。

*お問い合せ 携帯090-1846-6849
Eメール haruhisasagawa@yahoo.co.jp
長久保赤水顕彰会事務局 佐川春久