東京新聞連載「日本図の変遷〜赤水から伊能へ」 第12回【巨大な日本地図「伊能図」】

東京新聞連載「日本図の変遷〜赤水から伊能へ」
第12回【巨大な日本地図「伊能図」】(執筆:平井松午氏/徳島大名誉教授)2023年1月10日(火)掲載
日本地図の製作者は?と問えば、誰もが知る伊能忠敬。
「忠敬は、十次にわたる測量のたびに下図や地図を作製し、忠敬没後の1821(文政4)年7月10日には、忠敬の上役にあたる高橋景保と孫の忠誨(ただのり)によって、最終版の伊能図となる「大日本沿海輿地全図」が幕府に上呈された。」(平井松午氏記事文面より)
上呈した1人である高橋景保は、後にシーボルトが、禁制の日本図などを国外に持ち出そうとした「シーボルト事件」で死罪となった人物です。

日本図の変遷を解き明かしてゆく今後の連載を、ぜひお楽しみに!